FBIが伝統派カトリック信者を監視

最近のFoxニュースによると、FBIがラテン語ミサを好む伝統派カトリックを急進的伝統主義カトリック(RTC)と呼び、監視をしようと試みていることが判明しました。ニュースは、教会の教えに従おうとする、伝統派カトリックへの弾圧が、一層ひどくなることを思い知らせるものでした。

この事実は、FBI内部で回覧されたメモに記されており、そのメモは、元FBI捜査官で内部告発者となったカイル・セラフィン氏により暴露されています。メモには、急進的過激派伝統主義カトリック信者と「白人民族主義者」がオンラインでの交流を試みることの危険性を懸念している、と書かれていました。

USCCBは 「過激派 」を非難する一方、カトリックを標的にしたFBIのメモは 「厄介で不快だ 」と述べています。米国カトリック司教協議会のティモシー・ドラン枢機卿は、FBIのメモに対して、「はっきりさせておきますが、USCCBは人種差別を信奉する者を全面的に非難し、我々のコミュニティーの安全を守る法執行機関の仕事を全面的に支持します」と述べています。- カトリック・ニュース・エージェンシー

FBIのメモには「白人民族主義者」は、伝統派カトリック教徒が交流しやすいものである、としていました。この主張には、左派のプロパガンダで有名な南部貧困法律センター(Southern Poverty Law Center)を引用する以外、何の根拠も示されていません。問題は、「白人民族主義者」「カトリック伝統主義者」を同列することにより、伝統主義=差別主義のような印象を与えてしまう可能性です。教会のことをよく知らない第三者であれば、FBIのような権威者の貼ったラベルを信じてしまうかもしれません。そのような場合、誰がその報道に責任をもつのでしょうか。FBIが、教会ラテン語ミサに参加する人々を監視することが正当化できるのであれば、次は誰を監視することになるのでしょうか。ライフサイト・ニュース

ラテン語ミサの制限で教会内の分裂を招く

2022年、聖母マリアの誕生日を祝う9月8日から始まったミサの制限は、フランシスコ教皇によると、カトリック信者をより強く結束させることを意図していました。

確かにより強い結束は重要です。聖書では三つよりの糸(ひも)の例え(コヘレト4:12)を用い、悪魔に対抗するために、結束することが大切である、と説いています。しかし、すでに大多数の信者が「ノブス・オルド」と呼ばれる口語訳、現地の言語で行うミサを祝っており、ラテン語ミサを好む教会信徒は、少数派でした。なぜわざわざラテン語ミサを制限したのでしょうか。

ベネディクト16世がラテン語ミサ制限を撤廃したことは、伝統派とリベラル派の「対立」ではなく「調和」をもたらしました。そしてベネディクト16世は第二バチカン公会議、1996年の新しいミサ書にもかかわらず、ラテン語ミサは決して禁止されていたわけでないことを明確にしています。さらにラテン語ミサは大切な教会の遺産であり、多くの人々に精神的な栄養を与えていると述べています。

またこの制限は「結束」の名の下に、ラテン語ミサが、スペイン語ミサ、英語ミサなど特定の言語の人を対象としたミサではない、という事実を無視しています。世界中の違う言語をしゃべる人々が、第二バチカン以前のようにラテン語ミサでは合一し、同じミサに参加することができるからです。

バチカンによる制限を受け、私たちの司教も教区内のラテン語ミサの回数を減らすことにしました。私の教会のラテン語ミサは削減され、多くの伝統派カトリック教徒が、他のラテン語ミサのある教会に通うようになりました。ある女性は、「もうこれ以上、次は何があるのかしら、と考えるのに疲れたの。心配したくないから、カトリックSSPX教会メンバーとなる」とカトリックの一部である教会へ行くようになってしまいました。ラテン語ミサの結婚を、制限により断念した若い20代カッブルもいました。彼らは「伝統的ラテン語ミサを予約するには遅すぎると言われた」と本当にガッカリしていました。彼らも、結婚後、離れた場所の教会でラテン語ミサに参加するようになりました。小さきテレジア像の前で、一人で祈る時間をいつも過ごしていたある女性は、ラテン語ミサ最後の日、「教会に裏切られた気分です」と言っていました。その日以来、彼女も見かけていません。

ラテン語ミサ禁止の本当の目的

ラテン語ミサの何が、FBIやバチカンをここまで疑心暗鬼にさせるのでしょうか。

最初に考えられるのが、政治的理由です。今回の背景に感じられるFBIの本当の思惑とは、現在の政治に対し、人々に違う視点を与える可能性のある人々の排除だと考えられます。伝統派カトリックたちの多くは、この世の権威者に盲目的に屈服することはありません。事の次第によっては、妥協し、盲目的に権威者に屈服することが神に背くことになる、と恐れるからです。保守派キリスト教徒と同じサイドにたち、この世の権威者が決めた「政治的正しさ」に、疑問をなげかけるのがその伝統派カトリックです。そして教皇に従うカトリック教徒は、国が完全に彼らの思想をコントロールするのが難しい人々なのです。つまり、良心的なカトリックは国家の飼い犬ではないのです。

このことを裏付けるかのような世論調査結果では、伝統的なカトリック信者は、最近の「政治的正しさ」に反する立場をとる傾向が強いことが確認されています。例えば、伝統派の圧倒的多数が反対する中絶、同性婚などです。ラテン語ミサを制限する本当の理由は、社会的な 、いわゆる「改革者 」の邪魔をする人々を弾圧し、迫害することであることは間違いないでしょう。ラテン語ミサに参加する人々が過激派のレッテルを貼られ、扱われれば、社会全体が彼らを無視する可能性が高くなるからです。 (調査の詳細はライフサイト・ニュースの記事を参照)

教会における腐敗と堕落

では、教皇に従うべき伝統派カトリック教徒たちが、なぜミサを制限されることに不満を抱いているのかです。その大きな理由とし、この制限がただの制限にとどまらない、光と闇の戦いのはじまりの一環であると認識しているためです。

一般的に、ラテン語は悪魔が耐え難いほど嫌う言語、といわれています。そしてその悪魔との戦いは、黙示録、教会が伝える聖人たちの預言、聖母マリアの数々の出現が預言し警告しているように数限りなくあります。それらの預言は共通し、この世の終わりが近づいたときの教会が大規模な腐敗に陥ることを警告しているのです。

この堕落のなかには、教会の世俗化も含まれています。近年の教会における世俗化の例とし、コロナ中2000年の教会の歴史のなかではじめて、復活祭までも完全に教会が閉鎖されました。教会は政治的、世俗的圧力に負けたのです。

次の腐敗は、神に従う人々への迫害です。ある司祭は、生まれてくる命を守るため多くの良い働きをしていましたが、過激すぎるとされ還俗させられました。司祭として活動する資格をはく奪されたのです。一方、同性愛を認めるなど、教義に反する過激な発言を続ける司祭には沈黙をつらぬいています。

そして最も恐ろしい腐敗は、唯一の神以外の礼拝です。極めてスキャンダラスであったバチカンのパチュママ事件をはじめ、教皇とカナダ枢機卿の異教であるアメリカンインディアン儀式への参加、数々の耳をうたがうニュースからは、キリストを信じるカトリック教会権威者としての威信は感じられません。言い換えれば、教会権威者たちが、キリストを信じる組織であるという確信を部外者に与えるものではないと言えます。教会の腐敗や堕落は、一般の企業組織で時々起こる腐敗よりもはるかに危険です。なぜなら、教会の「ビジネス」は魂の救済だからです。堕落した実業家は自分の魂に損害を与えます。腐敗した教会の指導者は、彼の群れにいるすべての人の魂を危険にさらすのです。

このような闇の動き、悪魔に対抗する最も効果的な武器が、ラテン語ミサなのです、すなわち教会は、今、悪魔と戦うための強力な武器を制限しているのです。繰り返しになりますが、この制限は教会を、内部から、ゆっくりと破壊しています。破壊が目的でない限り、過去からの信仰の宝庫であるミサに対する制限は無意味なだけなのです。

新たな規制が始まるのか?

現在、フランシスコ教皇は、新たな制限をラテン語ミサに課せようとしていると噂があります。先に述べたように制限を受け、伝統派の人々は、それまでいた小教区からラテン語ミサのある小教区へ移動してしまうようになりました。結局のところ「ノヴス・オルド」を好む人、「ラテン語ミサ」を好む人という図式は変化していません。

私は伝統主義とし、同じ伝統派の人々が同じ教会にとどまることを望みます。すべての有効なミサは、キリストの御身、血、霊魂、神性を私たちにもたらします。もしラテン語ミサ制限の隠れた目的が、「分裂」にあるならば、あえてラテン語ミサを諦め、同じ場所にとどまるほうがよいことが明らかであるからです。

なぜなら私の関心は、ミサの制限そのものより、むしろ悪魔の最初のターゲットであるはずの一番強い人、司祭たちの状況にあるからです。先に述べたような教会の動向から、神の教えに従う司祭たちは目にみえないこところで苦労していることが想像されます。そのような神の働きに携わる人々を勇気づけることが必要です。聖書には、「強盗はまず一番強い人を縛り、その家を強奪していく」(マタイ12:29)とあります。このような事態を避けるためにも、忠実な伝統主義者は「神の武具を身に着け」(エペソ6:11)、神から与えられた場所で祈ることが重要だと考えます。自分の持ち場にとどまることこそを、最優先させるべきだと考えます。

Email 画像:E-mail Picture. Image: 5677401 (dreamstime.com)

恋人たちの守護者、聖バレンタイン

2月14日は聖バレンタインの祝日で、世界中で愛と恋人たちを祝福する日です。しかし、聖バレンタインとは一体どのような人物で、どうして恋人たちの守護聖人になったのでしょうか。

聖バレンタインの由来

2月14日が聖バレンタインデーになった経緯ははっきりしています。しかし、バレンタインデーが愛の日となった由来は、明確ではありません。

カトリック教会では、敬虔なキリスト教徒として模範的、英雄的な生涯を送った人物を死後、聖人に列することがあります。生きている人が毎年誕生日に表彰されるように、聖人も毎年、聖人の祝日と呼ばれる特定の日に表彰されるのです。聖人の祝日は、通常、その人が亡くなった日です。聖バレンタインは、ローマ皇帝クラウディウス2世(A.D.268-270)の時代に、キリスト教の信仰のためにローマで殉教しました。2月14日に殉教したとされており、この日が聖バレンタインの祝日となっています。(注2)

聖バレンタインとはどんな人物なのか?

バレンタインという名の聖人については幾つかの話があります。ひょっとすると、それらの物語のバレンタインは、すべて同じ人物かもしれません。もしくは同じ名前の聖人が2人、あるいは3人存在しており、その人物のそれぞれの話の可能性もあります。

これは、多くの殉教者が出た初期キリスト教時代、新しい殉教者は、同じ名前の古い殉教者と同じ日に列聖される習慣があったためです。ですから、幾人ものバレンタインという名の人が殉教し、全員が同じ日に祝われた可能性を否定できません。その場合、ある聖バレンタインの物語が、他の聖バレンタインの物語と混同された可能性があるからです。

その中の一つ、聖バレンタインの由来とし、最もよく語られているのは3世紀ローマ、司祭であったバレンタインのお話です。ローマ皇帝クラウディウス2世は、若い兵士の結婚を厳しく禁じていました。結婚を禁じたのは、独身であることが軍人として優れていると考えられていたことと、男性には兵役が義務づけられていたが結婚を理由に戦争に行きたがらなかったため、と伝えられています。聖バレンタインは、若い兵士たちのために、キリスト教とキリスト教結婚式の禁止されたローマで、結婚式のミサを執り行っていたため死刑に処された、と伝えられています。(注1)

歴史家たちの見解

歴史家たちは、この話の信ぴょう性について疑いを抱いています。その理由は、アウグストゥス帝の時代に制定された軍人の結婚式の禁止令は、クラウディウス2世の時代にはすでに廃止されていたためです。

また、バレンタインはイタリアのテルニ出身とされていますが、彼はローマで殉教しています。テルニの聖バレンタインとローマの聖バレンタインは、別の人物なのでしょうか?それとも、一つの都市からもう一つの都市へ移動した同一人物なのでしょうか?真実は誰も知らないのです。(注2)

確かなのは、バレンタインという名前をもつ人物が神の愛のために殉教した日である、ということだけです。恋人たちへの秘密の結婚のミサ、そしてそのために殉教した司祭バレンタインの話は、愛の日にとてもふさわしい話ですね。

諸聖人への祈り

全能なる天主、
主の殉教者なる聖...の天国に生まれたる日をたてまつる我らを、その御取次によりて主のみ名に対する熱愛において強からしめたまはん事を。

参考:チト・チーグレル譯, 彌撒典書,光明社,1949年発行

聖バレンタインの奇跡

この伝説には、彼が捕らえられた後の奇跡の話が続きます。

牢獄に入れられたバレンタイン司祭は、アステリウスという看守と親しくなりました。バレンタイン司祭はアステリウスから、目が不自由なため一人で読むことができない娘ジュリアのために資料をよんでくれるよう頼まれました。ジュリアとも親しくなったバレンタインは、処刑される日、彼女に手紙を残しました。本来なら目が不自由だったジュリアの目では、手紙を読むことなどできません。しかし、彼女の目は奇跡によりいやされ、この手紙を読みことができたのです。彼の手紙には「あなたのバレンタインより」とメモされていました。(注1)

歴史家は、この話にも疑問を持っているようです。バレンタインデーのカードの由来を「説明」するため、都合よく創作された話のようだからです。

一方、非常に古い話ですが、次のような話も伝えられています。

クラウディウス2世の時代、アステリウスという牢番に目の見えない娘がいました。彼女は司祭によって癒されました。そして、アステリウスとその娘は司祭から洗礼を受けました。そして2月14日、三人はローマのフラミニア通りで殉教したのです。(注2)

この奇跡をおこした司祭の名前は、バレンタインだったのでしょうか?それも確かなことは言えません。

聖バレンタインの聖遺物

聖遺物(聖人の骨の一つまたは複数)は人々の信仰の対象であり、聖バレンタインのものとされる遺物も数多く存在します。
例えば、「真実の口」で有名なローマのサンタ・マリア・コスメディン大聖堂には、聖バレンタインのものとされる頭蓋骨があり、花で飾られています。その他には、スコットランドのグラスゴー教会、アイルランド、ダブリン、カルメル会に属するホワイト・フライヤー・ストリート教会、スペイン・マドリードの聖アンソニー教会にも、彼と思われる聖遺物が残されています。テルニの聖バレンタイン(ローマの聖バレンタインと同一人物かどうかは不明ですが)の聖遺物の一部は、イタリアのテルニにある聖バレンタイン大聖堂に安置されています。

これらの教会のなかでイタリア、サンタ・マリア コスメディアン聖堂はカトリックのなかでも、とてもめずらしいメルキト・ビザンティ・カトリック教会です。メルキト派は,カトリック教会の東方教会の一派で、本部はシリアのダマスカスにあります。カトリックメルキト派の司祭は、EWTNのインタビュー「聖バレンタインの人生」のなかで、「私たちの人生と信仰を、真の深い愛で生きるためのとりなし」を願い、聖バレンタインの聖遺物の前で祈ると述べています。

The Life of St. Valentine – A Saint Who Dedicated His Life to Evangelization and Love – YouTube

一方聖バレンタインの守護する恋人たちにとても人気があるのは、アイルランドのダブリンのホワイト・フライアー・ストリート教会です。教会のオフィシャルサイトによると、この教会にある聖遺物は、血で染まった小さな器だそうです。この小さな容器は、1836年にローマ教皇グレゴリウス16世から送られたそうです。

これだけあると、どれかが本物でどれかが偽物であると考えるのが自然です。一方、聖遺物がすべて本物である可能性もあります。前述したように、同じ名前の殉教者は同じ日に祝う習慣があったためです。聖バレンタインとされる聖遺物が一人のものであれ、多くの人のものであれ、それらはすべて時代を超えて、今もなお教会により本物であるとされた聖遺物です。つまり誰の骨であろうと、聖人の骨なのです。

聖バレンタインのシンボル

キリスト教徒でなくても誰もが知っているバレンタインデー。殉教者バレンタインを象徴するアイテムは、赤いバラと小鳥です。そして、聖バレンタインは殉教者のシンボルであるヤシの葉を手に持っています。絵画に使われるシンボルでは、赤は血の色、バラは愛を象徴します。小鳥は幸せな恋人たちを連想させます。もしかしたら、聖バレンタインデーの小鳥のシンボルは、中世に2月14日は小鳥の交尾の日と言われていたことと関係があるかもしれません。 (注2)

聖バレンタインの日は、キリストへ命をささげた人物の神への愛の日がはじまりです。結婚式を挙げた司祭の話は伝説かもしれません。しかし、そのような司祭はきっと存在したのでしょう。聖なる殉教者たちが持っていたキリストへの深く真実な愛を、私たちも少しでももつことができるように祈りたいと思います。

聖バレンタインの頭蓋骨画像:Saint Valentine – Wikipedia 

注1) The Story of Saint Valentine (learnreligions.com)

注2)Valentino, il Santo senza Volto. Ecco perché (e come) lo si celebra (avvenire.it)

キャンドルミサ: マリア様のお清めの日

蝋燭をともして祝う私の大好きな聖燭祭、キャンドルミサが2月2日(木)に祝われました。

以下は、このミサについて、マザーTが使用していたミサのための典礼本の説明を要約した内容です。

この典礼は二部より成り立つ。行列とミサ、すなわち聖祭りである。

行列中の聖歌は喜ばしい御降誕と共に悔悛(犯した罪の悔い改め)の事をも想起するという意味があり、祝別された蝋燭を手にもって行列を行う、この灯された蝋燭はご復活の蝋燭と同様、御降誕の時この世に現れた誠の光明なるキリストの像である。 (1.P566) 

“Candlemas” at the Vatican Catholic News Service

この祝日は、灯したろうそくを使う習慣から「キャンドルミサ」と呼ばれます。伝統的に、クリスマスから40日後となり、二つのことを祝います。一つ目は、クリスマスに誕生したイエス様がモーゼの律法により神殿に奉献されたことです。イエス様はマリア様とヨセフ様の最初の子供であり、モーゼの律法によればすべての最初に生まれる男の子は神に捧げられます。

そして、二つ目はマリアのお清めの祝いです。ふたたびモーゼの律法になりますが、すべてのイスラエル人の婦人は出産した後の一定期間不浄とされ、神殿にはいることを禁じられます。その不浄の期間をすぎると、普通は羊を一頭、鳩を一羽神殿に奉納します。貧しいものは鳩を二羽奉納します。貧しかったマリア様とヨセフ様は、鳩二羽を奉納しました。(1. P565)

これは、どういう意味でしょうか。文字通りですと、イエスは羊と同じように祭壇の捧げものとされる、ということになります。しかし、もちろん人間の赤ちゃんをそのような捧げものにはしません。イエスを神殿に奉献し、かわりに鳩二羽を奉納し、鳩二羽とイエスを引き替えた、という意味となります。

教会の教義では、イエスとマリアは、すべての罪から解放されている存在のため、本来はこのような儀式は必要ありませんでした。マザーTの典礼本においては、「聖母が慣例に従い清めの式にあずかり、御子キリストも聖殿に捧げられたのは、聖母の謙虚さと御子の救世の事業にかかわるということを示されたのです」(要約)(1. P565)と述べられています。

キャンドルミサの蝋燭の祝別

カトリック教会には秘跡と準秘跡がありますが、秘跡について簡単に述べると「目にみえない神の恩恵のしるしを見えるかたちにしたもの」です。カトリック教徒は秘跡により、神の恩恵をさずかることができます。ろうそくの祝別はミサの最初に行われ、司祭に祈りをささげられ、準秘跡となります。ですから、祝別されたろうそくはわたしたちにとり、神の恩恵のしるしでもあり、恩恵が目にみえるかたちで授けてもらえる大事な日でもあります。

秘跡と準秘跡のちがいについて、ここでは詳しくふれませんが、準秘跡には、例えば、聖水、祝別された塩、メダイそれからロザリオなどがあります。準秘跡は、伝統的教会の教えにより定められています。ですから、お気に入りのコーヒカップや本は、準秘跡とはならない、ということです。

シメオンの歌「この(しもべ)を安らかに去らしてくださいます」

Nunc Dimittis (with ‘Salva nos’), the Canticle of Simeon – Gregorian Chant
Petrus Josephus

行列は、イエスが神殿に奉献された日、その場にいたシメオンの賛歌ではじまります。

このシメオンという人は、「メシアを見る前に死ぬことはない」と神からメッセージを受けました。神を信じ、老人になるまでメシアを待ち続けた人です。シメオンは、よくイエスを奉献したときの司祭と勘違いされますが、司祭でなくメシアを待ち続けて神殿を訪ねた老人です。シメオンはメシアに出会ったとき、ルカによる福音書の2章にある賛歌(カンティクル)を歌いました。

シメオンの賛歌は、聖務日課の一つ、コンプリンと呼ばれ、夜の祈りに歌われます。シメオンの祈りは「今こそ私を去らしてください」とも考えられていますが、彼がどちらの意味で神を讃えたのか聖書には書かれていません。私には、メシアが来た、そして神が約束を果たすということに、喜びの響きと少しの疑いも感じられない翻訳「この(しもべ)去らしてくださいます」がシメオンらしいのではと感じます。

取り除かれた「罪の悔い改め」の祈り

続いて二部のミサです。マザーTの1949年発行の典礼本には、罪の悔い改めの想起とありますが、実は現在のミサに、この美しい祈りの部分はすでにありません。これは1950年代、少しずつミサが短くなっていったからです。以下は、キャンドルミサの中の「罪の想起」であった「懺悔」の部分です。

主、願わくは起きて我らを助けた(たま)へ、主の御名(みな)の為に我らを救い(たま)へ。

天主よ、我らが(おの)が耳に聴けり、我らの先祖は我らに語れり。

願はくは聖父と聖子と聖霊とに光栄(さかえ)あらん事を、はじめにありし如く今も何時(いつ)も世々に至るまで、アメン。

主、願はくは起きて我らを助けた(たま)へ。主の御名(みな)のために我らを救い(たま)へ。 (1.P571)

キリスト教徒は、罪の悔い改めにより救われると信じています。得にカトリックには、告解、もしくは神との和解、とよばれる秘跡があります。これは司祭に罪を告白し、司祭が神の名において悔悛を赦すというものです。つまり告解後、人は罪から解放され、魂の救いに欠かせない恩恵をさずかることができるのです。罪の悔い改めの祈りが、なぜ懺悔のアンティフォン(交唱)が、なくされたのかは不明ですが、個人的には、この短いながらも大切な神への祈りが、いつか復活することを望んでいます。

信仰の炎を(とも)すろうそく

今年のキャンドルミサですが、平日にもかかわらず沢山の人が参加していました。私の教区の司祭はお説教のなかで、「かつて電気がなかった時代、どれだけ、ろうそくの灯が明るく感じたのか。想像してみましょう」と述べていました。かつて私は、神の光を知らず、自分が暗闇にいることにすら気が付いていませんでした。ろうそくの灯は、精神を照らすキリストの光でもあります。現代は24時間明るく照らされています。けれども、精神の暗闇はますます濃くなっているのではないでしょうか。ミサの最後に、「信仰の炎を灯しなさい」と司祭は言いました。一見些細なように見える光であっても、真っ暗な闇のなかでは大きな助けになります。心のなかに、「信仰」という名の炎をともしていけたら、と思います。

  1. 参考:チト・チーグレル譯, 彌撒(ミサ)典書(てんしょ),光明社,1949年発行