聖木曜日: 最後の晩餐

日曜日の復活祭まで、あと3日となりました

復活祭のまえの「最後の晩餐」を記念する聖木曜日は、古いキリスト教の古い祭日の一つです。「最後の晩餐」である聖木曜日とは、イエスが受難の前に弟子たちと食べた食事(おそらく過越の食事)につけられた名称です。いつはじまったのか、ということについては不明ですが、教会の初期に12人の使徒が「聖木曜日」を祝っていたのかもしれません。

実は、この過越祭を祝うためであった、ということについて、また最後の晩餐について、神学者、研究者、多くの対立する説を唱えています。ここでは、それらの説についてはふれることはしません。しかし、最後の晩餐を記念する聖木曜日(Maundy Thursday)は、ほとんどすべてのキリスト教の教派にとり、重要な意味をもっている、ということは言うまでもありません。

天才画家が描いた 最後の晩餐

「最後の晩餐」は、数多くの芸術家たちも描いています。世界で最も有名な絵画の一つであるのは、サンタ・マリア・デレ・グラッチェ教会にある、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」(1495-1498)です。保存状態が大変悪かったため、現存していること自体が奇跡である、といわれているそうです。

レオナルドの絵では、後にイエスを裏切るユダ(左から5番目テーブル手前の人物)が、金の入った袋を持っているのが見えます。これは、聖書に書かれているような伝統的な描き方ではありませんが、「裏切り者のユダ」と瞬時に理解され、より劇的な効果を生み出しています。

そして、ヨハネです。伝統的には、ヨハネの頭は、イエスの方を向いて描かれます。しかし、レオナルドの絵では、ヨハネの頭(イエスから向かって左)はイエスと反対の方向にかたむいています。これにより、イエスとヨハネの間に空間が生まれ、中央のイエスに注目が集まるという視覚的効果を生んでいます。興味深いのは、イエスだけが後光を浴びて描かれていて、弟子たちには描かれていないことです。

下記に紹介したネリ修道女の伝統に忠実な絵とちがい、この絵からは、使途とイエスの人間ドラマがより強く感じられます。イエスの弟子たちがリアルに描かれていながら、絵全体としては神聖さや神秘性を感じさせます。レオナルド・ダ・ヴィンチの天才ぶりは、本当にすごいですね。

修道女が描いた「最後の晩餐」

レオナルドの絵とよく似た構図で、ドミニコ会修道女プラウティラ・ネリ(1524-1588)もフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラに「最後の晩餐」を描いています。この絵は、彼女のサインが入った現存する唯一の絵です。

ネリ修道女の絵のユダは、聖書に出てくる「皿に手を浸した人」(マタイ26:23)として描かれています。また、ユダはこの絵の中で唯一、後光を浴びていない人物として描かれています。ネリの描写は、レオナルドのように画家の独創性を強調するものではなく、聖書に基づいた伝統的なものとなっています。

当時の修道女が芸術家であったとしても、本の挿絵などの小さな作品しか描かなかったのに対し、この作品は7m×2mの大きな油彩画です。私は、ネリ修道女は、レオナルドの「最後の晩餐」にインスピレーションを受けたのではないか、と思います。レオナルドの絵のお手本があったからこそ、自分の絵をここまで大きくする気になったのかもしれませんね。

哀歌の意味

伝統的に、聖木曜日の朝は、エレミヤの哀歌(ラテン語でLamentationes、ギリシャ語でThrenoi、ヘブライ語でKinoth)の冒頭から数節を歌います。「哀歌」は、象徴的には、メシアが殺された後の世界の状況や、罪に堕ちた魂の状態に関係しています。

ヘイドックスの聖書注解によると、預言者エレミヤは、バビロニアによるエルサレムの破壊に関連する神の言葉を語ったとされています。「哀歌」がエルサレム破壊の前に書かれたか、後に書かれたかは不明です。

聖ジェロームは、哀歌はエルサレム破壊の前、ヨシヤ王の死の時に書かれたと述べています。そうであれば、当然、ゼカリヤ王の死とエルサレムの破壊の際にも、同じ「哀歌」が再び歌われた可能性があったことだと考えられます。

聖木曜日のための古い聖歌

グレゴリオ聖歌はローマで始まり、西欧諸国に広まりましたが、スペインとポルトガルにはモザラビック聖歌と呼ばれる独自の聖歌があります。グレゴリオ聖歌と同様、モザラビック聖歌はラテン語で歌われます。その旋律は、アラビア音楽の影響を受けているともいわれ、哀歌にふさわしい深い悲しみの旋律です。モザラビック聖歌による「哀歌」の豊かな霊的響きを聴くとき、音楽と祈り、信仰の密接な結びつきを感じさせられます。

Mozarabic Lamentations | Holy Thursday, Lectio 1/Gregorian Chant Academy

以下、聖歌の内容を日本語(新共同訳)で紹介いたします。

第一の歌(アルファベットによる詩)

1. なにゆえ、独りで座っているのか
人に溢れていたこの都が。
やもめとなってしまったのか
多くの民の女王であったこの都が。
奴隷となってしまったのか
国々の姫君であったこの都が。

2. 夜もすがら泣き、頬に涙が流れる。
彼女を愛した人のだれも、今は慰めを与えない。
友は皆、彼女を欺き、ことごとく敵となった。

3. 貧苦と重い苦役の末にユダは捕囚となって行き
異国の民の中に座り、憩いは得られず
苦難のはざまに追い詰められてしまった。

4. シオンに上る道は嘆く
祭りに集う人がもはやいないのを。
シオンの城門はすべて荒廃し、祭司らは呻く。
シオンの苦しみを、おとめらは悲しむ。

5. シオンの背きは甚だしかった。
主は懲らしめようと、敵がはびこることを許し
苦しめる者らを頭とされた。
彼女の子らはとりことなり
苦しめる者らの前を、引かれて行った。

伝統的に、聖木曜日のミサは他のミサと同様に午前中に行われていましたが、第二バチカン公会議以降、夕方に行われるようになりました。わたしの教会では、家族、司祭、病人、死者、そして米国がすべての人間の生命(受胎から自然死まで)を尊重するように祈りました。

四旬節の終わりまで、あと2日となりました。