聖霊降臨祭おめでとうございます!

聖霊のお祝いであるペンテコステ(聖霊降臨祭)が始まりました。聖霊は、風、火、鳩に象徴されます。ペンテコステでは、聖霊が、私たちに祝福をもたらしてくださるよう祈ります。

中世ヨーロッパでは、聖霊降臨の1週間をリラックスして過ごし、ペンテコステを祝ったと、司祭の説教で知りました。現在でも、多くのカトリック国では、ペンテコステ翌日(ホイット・マンデー)は国民の休日となっています。今年は偶然にも、アメリカでもペンテコステの翌日が、メモリアルデーなので、こちらもホイット・マンデーが祝日となります。

教会のはじまりと聖霊の異言

紀元33年ののペンテコステは、教会が始まった日です。集まった使徒たちに聖霊が恵みを与え、神が認める唯一の教会であるカトリック教会が誕生した日です。

Factus est repente (Gregorian Chant) (Chorał gregoriański)

1五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、 2突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。 3そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。 4すると、一同は聖霊に満たされ「霊」が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。(使徒2:1-4)

聖霊の恩恵は、火の舌で象徴され、外国語でも一瞬にして話せ、理解できるようになったとあります。この時、使徒たちが奇跡により話した言語は、その場にいたその言語を母国語とする人々に理解されたのです。

ペンテコステで聖霊が降臨した後も、異言を話す習慣(ギリシャ語では「グロッソラリア」)は、初代教会のある場所で続いていました。聖パウロはⅠコリント14章で、この話題についてふれています。

初代教会におけるグロッソラリアという現象が、具体的にどのようなものであったかは、現在では確かなことは分かっていません。ある人は、このような場合に話された言語は、神と天使以外にはまったく理解できないと考え、またある人は、異言の話者が、学んでいない外国語で話したが、それを聞いた他の人はそれを認識できたと考えています。おそらく、どちらか一方のケースである場合もあり、もう一方の別のケースだった場合もあったのではないでしょうか。

聖霊の7つの賜物

伝承によれば、聖霊には7つの賜物があります。以下はイザヤ書11章1~3節からの引用です。

聖霊の7つの賜物

1イエッサイの株からひとつの芽が萌えいで

その根からひとつの若枝が育ち

2その上に主の霊がとどまる。

知恵と識別の霊

思慮と勇気の霊

主を知り、畏れ敬う霊。

3彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。

目に見えるところによって裁きを行わず

耳にするところによって弁護することはない。

(イザヤ 11:1-3)

つまり、聖霊の7つの賜物とは—

  1. 知恵
  2. 識別(理解)
  3. 思慮(良いアドバイスを伝える、受け入れる)
  4. 勇気( 不屈の精神)
  5. 知識
  6. 敬虔さ
  7. 主への畏れ

イエッサイとはダビデの父で、ユダヤ人の最後の王であるイエス・キリストを含め、すべてのユダヤ人の王は彼の子孫です。「その上に主の霊がとどまる」とは、イエッサイの子孫は聖霊の祝福を受けるという意味です。

このイザヤの預言はイエスの洗礼(マタイ3:16)で、成就されています。

「イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。」

聖霊と赤いバラの花びら

Climbing the Pantheon’s Dome on Pentecost – EWTN Vaticano

ペンテコステでは、ミサの際、信徒への手紙と福音の間に「ベニ・サンクテ・スピリトゥスー聖霊きてください」を歌唱しますが、その時に、教会の天井からバラの花びらを撒くという伝統的な習慣があります。このバラの花びらで祝う方法が、いつから始まったのかは不明ですが、聖書に登場する「火の舌」を象徴していると言われています

歴史と品格を備えたサンタマリア・アド・マティレス(=ローマのパンテオン)では、優美なミサにあずかることができる日です。サンクタ・マリア・アド・マルティレスでは、バラの花びらがペンテコステの象徴的な色であることから、毎年、聖霊降臨の日に人々は天井からバラの花びらを撒いています。空から降ってくる赤いバラの花びらは、何とも言えない美しさがあります。サンタマリア・アド・マティレスは、ペンテコステの日に、一度はミサにあずかってみたい場所です。

聖霊がもたらす平和と自由: 聖ホセマリア・エスクリバー

こちらの記事 (The secret to spiritual freedom and peace, according to St. Josemaria Escriva –Aleteia)でも解説していますが、オプス・デイの創設者である聖ホセマリア・エスクリバーは、神の愛のために自分を否定し、あらゆる利己主義と誤った安心から自分を切り離してこそ、平和と自由を経験できると説きました。この体験は、キリストが私たちのために勝ち取った恩恵であり、聖霊によって私たちに与えられる、と語っています。

記事の著者はさらに、「次に座って祈るとき、霊的自由から自分を遠ざけているものは何か、あなたが待ち望んでいる平安を見つけるためには、どんなことを『否定』する必要があるのかを考えてみてください 」と問いかけています

これは、私にとって耳の痛い言葉です。自分の生活を振り返ってみると、自分の意志、言葉、行いが神様の意志にそぐわないことがよくあるのです。特に、自分自身を捨てることは、難しいと感じています。

聖霊は思いのままに吹く

「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」(ヨハネ3:8)

この聖書の言葉を読むと、いつも、聖霊が与えてくれる自由の素晴らしさを想像します。聖霊の恵みにより、この世の執着から解放され、霊的な自由を生きることができれば、そこには、風が吹き抜けるような爽快感があるのだろう、と感じるからです。

世俗への執着から解放され、自由な精神で生きることができるよう、聖霊の恵みを祈りたいと思います。

聖霊の週が、恵みに満ちたものでありますように。

image: The dove of the Holy Spirit-stained glass by Gian Lorenzo Bernini in 1660 in the apse inside St. Peter s basilica in Rome